大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ラ)678号 決定

抗告人

松本康嗣

右代理人弁護士

布施誠司

木川統一郎

小山利男

三輪泰二

大森八十香

主文

本件抗告を却下する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、抗告人が訴外宗教法人世界救世教及び訴外川合輝明を相手に「世界救世教において川合輝明は代表役員の職務を執行してはならない。世界救世教は川合輝明に右職務を執行させてはならない。」旨の仮処分を申請し、平成二年一〇月八日原裁判所がその旨の仮処分を命じるとともに、職務代行者に弁護士内田文喬を選任したこと、平成四年八月一〇日職務代行者から原裁判所に対し本件所有権移転登記手続行為をするにつき常務外行為としての許可申請がなされ、原裁判所は同月一三日これを許可したことが認められる。

しかしながら、非訟事件の裁判に対して即時抗告をすることができるのは右裁判により権利を害されたとする者に限られると解されるところ(非訟事件手続法二〇条一項)、職務代行者の常務外行為の許可の裁判によって権利を害されるおそれがあるのは当該法人にほかならないというべきであって、仮処分債権者であるというだけでは右裁判により権利を害されたとする者に当たるということはできないから、抗告人は即時抗告権を有しないと解すべきである。

抗告人は、右宗教法人の実体法上の代表者で、右宗教法人の資産について管理処分権を有しており、右許可決定により権利を害されると主張する。しかしながら、仮処分により職務代行者が選任されている以上、抗告人が主張するような実体法上の代表権ないしは資産についての管理処分権なるものを認める余地はない(なお、即時抗告に当り宗教法人を代表する者については宗教法人法二〇条又は民訴法五六条、五八条参照)。

以上によれば抗告人の本件抗告は抗告権を有しない者からなされたものとして却下すべきことになる(念のため付言すれば、職務代行者が常務外行為として裁判所の許可を得た借入についても宗教法人法の定め(同法二三条)により、当該宗教法人の規則の定めによるほか、一月前に信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公告しなければならないと規定されているから、その借入の当否については当該宗教法人内部でのチェックもなされるし、また裁判所は職務代行者の選任については全般的な責任を負っていると解され、仮処分債権者から見て職務代行者の行為が違法又は不当であると考える場合には裁判所に対し職務代行者の解任についての職権発動を促すこともできると解されるから、前記のとおり仮処分債権者に抗告権を認めないからといって直ちに不当な結果を生ぜしめるものでもない。)。

三よって、本件抗告を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官滿田明彦 裁判官亀川清長)

別紙

一 抗告の趣旨

平成四年八月一〇日付宗教法人世界救世教代表役員職務代行者の常務外行為許可申請に対し、原裁判所が平成四年八月一三日にした許可決定は取消す。

右常務外行為許可申請を却下する。旨の裁判を求める。

二 抗告の理由

(1) 抗告人は、静岡地方裁判所沼津支部に対し仮処分を申請し、同裁判所は、抗告人の申請を認め、宗教法人世界救世教の代表役員を僣称する川合輝明の代表役員の職務執行を停止、職務代行者として、現在の職務代行者内田文喬が仮処分決定にもとづき任設された。

(2) この仮処分は、理由中で右宗教法人の実体法上の真の代表者は抗告人松本(仮処分債権者)であり、抗告人のもとにいる一〇名の責任役員が真実の責任役員であることを一応認めている。そして、前記川合輝明およびそのもとにいる一〇名の責任役員は、真実は責任役員でないことを一応認定している。

(3) 右仮処分を申請した目的は、抗告人が真実の代表者であるかの本案判決確定までの間に、右宗教法人の資産が、僣称代表者川合によって処分され、また巨額の借入れをし、右宗教法人の土地等を担保に差し入れるなど、実質上の不法行為を阻止し、財産の保全をはかることを目的としたのである。この仮処分申請の保全の必要を認めて、原裁判所は抗告人の仮処分申請を認めたのである。

(4) ところが、原裁判所は、常務外行為の許可という形で、実体法上の効力に争いのある本件二つの売買契約の有効を前提にして、売買の履行、移転登記、占有の移転まですべて完結させようとしている。

(5) 本件二つの売買契約は、教団分裂(昭和六一年四月一六日)前である昭和六一年一月一六日に教団とコバヤシ商事有限会社との間で締結されたものである。その後教団は、二つに分裂し(昭和六一年四月一六日)二人の代表役員がそれぞれ正当性を主張して今日に及んである。

(6) 本件二つの売買は、昭和六一年一月一六日に締結され教団(代表者は債権者・抗告人松本)は、同日頃それぞれの土地について手付金をコバヤシ商事から受領した。その後教団分裂後、一方のグループの代表である中野隆昭(その後仮処分命令で代表役員の肩書を僣称することを禁止された)は、分裂前の教団代表者松本の行った二つの契約を合意解除し、手付金をコバヤシ商事に返還した。

(7) その後昭和六一年一二月二日に、僣称代表役員代務者である中野と、コバヤシ商事とは、ふたたび神戸の土地を売買(買主コバヤシ商事)することとし、売買契約書に両者が調印した。抗告人は当時、この売買は、中野が法律上代表者ではないから無効と主張した。

さらに、その後昭和六二年四月九日に、中野は教団代表者として(当時登記簿上の教団代表者は松本)明石市の同一の土地建物を売買した。これにも中野が教団代表者として調印した。抗告人は、当時(現在もそうであるが)自分こそ実体法上、そして登記簿上の真の代表者であるから中野の行った右売買は無効であると主張した。

(8) 教団分裂後、だれが真実の代表者であるかの訴訟が中野から教団(代表者抗告人松本)に対して起こされたが、静岡地裁沼津支部は中野の請求を棄却する本案判決を下した。そして抗告人松本こそ教団の代表者であることを認定した。これとは別に、中野に対する肩書使用の禁止を命ずる仮処分も発令されている。

(9) 一方教団(代表者、松本)は、コバヤシ商事に対し、中野は教団の真の代表者でないから、これとの契約をストップするよう警告した。しかし、コバヤシ商事は、昭和六一年四月一六日の松本解任は有効として、松本側の申入れを取り合わなかった。

(10) そこで、抗告人側は、申請外若井不動産をとおして、分裂前である昭和六一年一月一六日の二つの契約を解除する旨申し入れた。しかし、コバヤシ商事は、松本こそ代表者を僣称するもので、自分は再建教団と直接契約するから松本との契約は無視するということであった。この時点で本件売買契約は合意解除された。

(11) 以上のとおり、昭和六一年一月一六日の売買は、真の教団代表者である松本と、コバヤシ商事との間で合意解除されたものである。また、かりに然らずとするも、昭和六一年五月に、僣称代表者中野が行った二つの売買の合意解除(手付同額返還)を追認する。この追認により売買はいずれにせよ無効に帰した。

以上とは別に、昭和六一年一二月二日及び昭和六二年四月九日に再度中野僣称代表役員代務者がコバヤシ商事との間で行った契約は、代表権がないので無効である。

三 職務代行者の常務外行為の許可申請書の矛盾について

(1) 本件明石の土地に関する平成三年九月二六日付の常務外行為許可申請書において、申請理由の二で「昭和六二年四月九日コバヤシ商事有限会社との間に、兵庫県明石市所在の別紙合意書添付の物件目録に記載の土地、建物について、代金三四〇〇万円で売買契約を締結している」と述べ、「ところが右代金について未決済の間に、教団においては代表者を巡る内紛が発生したため、……」と記載している。職務代行者は一体何を考えておられるのか。昭和六二年四月九日は、教団の内紛が発生して一年もたった時点なのである。それに、昭和六二年四月九日付の中野(僣称)代表役員代務者がした売買であるから無効と考えるべきで、常務外行為の許可申請を出すのはおかしいのである。本件仮処分決定の理由を職務代行者が検討されれば、昭和六二年四月九日付の中野(僣称)代表役員代務者のした売買が無効であることはすぐ明らかとなるはずである。裁判所はこの時点の真の教団代表者は松本と認定しているのだからである。そして、この常務外行為許可申請(平成三年九月二六日付)を許可した原審(別件)もおかしいのである。同じ原審裁判所が決定書の中で、この時点の真の代表者は松本であると認定しながら、(無効な)売買について、「合意」をすることを許可しているのである。しかも、債権者に陳述をする機会を全く与えず、「許可の裁判」の告知も債権者には与えられなかったのである。

(2) そもそも本件職務代行者は、真の代表者が確定判決で決定したのちに、本件売買の有効無効を本案訴訟で争うべきものを、「常務外行為の許可」を得て、取り返しのつかない形で決着してしまおうとする点で大きな誤りを犯していると思う。これを許可した原審裁判所の思考にも大きな誤りがあると思う。

(3) 本件土地には仮処分が松本に対して発令されている。しかし、その被保全権利は、教団分裂後の僣称代表者である中野とコバヤシ商事の間の契約が根拠とされている。これは、本件仮処分決定書の一応の事実認定からすれば、結果的に誤った仮処分ということになる。右決定書では教団代表者は松本だと認定されているからである。このような内容は、過去の書類を調べれば、すぐわかることである。こういう根拠で許可申請をしたこと自体が職務執行として行き過ぎである。職務代行者は、その職務範囲を真の代表者が決まるまでの保全的役割に限定すべきである。本案訴訟(本件売買の効力の有無)を先取りするようなことは行き過ぎである。

(4) しかるに、本件の常務外行為許可申請においては、前回の申請と異なり、昭和六一年一月一六日の売買を根拠としている。いつ、なぜこのように根拠たる売買が変わったのか事情の説明もない。おそらく職務執行の停止されている債務者川合輝明の指示どおりに動いて、何らの調査もなさらないから、このように、同じ売買について矛盾した申請をすることになったのではなかろうか。

(5) しかし、昭和六一年一月一六日の教団分裂前の売買を根拠とするのであれば、この売買の効力や、それをめぐる事情を債権者松本に照会し、陳述の機会を与えるべきであった。それをしていれば、この売買が解除ずみであることに気づくはずであった。

(6) 常務外行為の「許可」手続きにおいても、仮処分債権者に告知し、陳述の機会を与えるべきであった。

四 結論

教団分裂により、三名の代表者が現在三面訴訟となって、地位確認訴訟が係属している(静岡地裁沼津支部平成二年(ワ)第六〇号・平成三年(ワ)第一九二号)。債務者川合輝明が、関係書類として内容虚偽のものを作成して、これを法務局に提出し、法務局は形式審査により教団の代表者として川合を登記してしまった。これでは分裂前の教団の客観的資産を債務者川合に処分されるおそれがある。そこで本件仮処分を申請し、裁判所は仮処分を認めた。しかし、常務外行為の許可の形で、教団の資産を処分しているのが代行者の実際の姿である。これでは仮処分の目的は結果的に水泡に帰する。職務代行者は、当然その職務を日常反覆される常務に限定すべく、本案訴訟で(代表者が判決で確定したのちに)訴訟で争うべき売買の効力の争いを無視して、常務外行為として売買を実行してしまうのは行き過ぎである。これを「許可」する裁判も違法である。手続的にも、債権者である抗告人に陳述の機会を与えないまま、次々に「許可」していくのは違法である。「許可」には限界がある。

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